2016年02月24日

「伝承」とは受け継いで伝えること_1


『伝承』という言葉を手元の辞書で引いてみる。

「受け継いで伝えていくこと」とある。

別のところでは
「ある集団の中に有する、古くからのしきたり・信仰・風習・言い
伝えなどを受け継いで後世に伝えていくこと。また、そのように
して伝えられた事柄」とある。

伝承のよいところは、過去を垣間見ることができることだ。しかし、
その伝承が不明瞭になってしまうと、歴史も不明瞭となり、そこに
謎が生まる。

・邪馬台国の所在は・・・
・与那国島の海底遺跡とは
・ムーやアトランティスの大陸はいずこ
・ナスカの地上絵は何を語る
・エメラルド・タブレットが記すという賢者の石とは

・・・・ 等々

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伝承が不明瞭になることで、歴史はミステリーに発展する。

では、伝承が途絶えてしまったらどうなるのだろう。
伝承が途絶えてしまえば、それは『無』ということになる。

『無』ほど恐ろしいものはない。かといって、無ほど安らぐものもない。
『無』とは、途方もなく深遠な世界を有している。

いや、無なのだから「有」しているのであれば、それは「無」ではない
ことになる。
無は無なのだから、深遠な世界すら持つことを許されない・・・

さて、難しいことはそれ相応の方々にお任せすることとして、気になる
のは「難しい話」の伝承ではなく、私たちの「身近にある出来事」の伝承
である。

住んでいる町の由来。かつてどのような一帯であったか、どのような
経緯があったのか。地域観光・振興に利用することもあるだろう。

家族の由来。両親の馴れ初めであったり、父や母の家系であったり。

あるいは、行儀作法や家訓もその由来は興味深いものかも知れない。
知ってみると、存外思いもよらぬドラマを見つけることも・・・・。

由来。

それは伝承のひとつであり、次の世代へ手渡す大切な記録だ。

ある時、『伝承』という言葉が脳裏に浮かんだ。私なら、いや私を起点
にして、誰に何を伝承することができるのだろうと。

笑止千万。

いやはや驚いてしまった。誰かに引き渡すべきものを、これといって持っ
ていなかった。

「それはそれで、よいことではないだろう」と改めて思いを巡らせるの
だが、やはり大したものは思い浮かばない。

大したものは無い。大したものが無い = 些細なものならある。

些細とはいえ、全く無いよりいいだろう。
ということで、私は些細な何を伝承することができるというのだろうか。

おそらく日本国民の3分の1。約4千万人もの方々には言わずもがなの
話だと思うのだが、それでもご存じではないだろう残り8千万人の方々に
伝えることのできる、些細な「伝承」がある。

『しゃっくりの止め方』という些細な伝承。

親しい人がしゃっくりを始める。いつまでも止まらない様子に「わっ!」っ
と大声で驚かしたことは無いだろうか。驚くとしゃっくりが止まる・・・
止まることもある。しかし、実際に止まる確率は甚だ低い。

以前、知人のしゃっくりに大声で「ワッ」と驚かしたことがあった。その
知人はしゃっくりを止めるどころか、驚いて脇腹の筋を痛めてしまった。

100%とは言わずともそれに近い確率でしゃっくりを止める方法がある。
脇腹を痛めるようなこともなく。

用意するのは少々大ぶりの茶碗または、その程度の大きさの器(うつわ)を

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ひとつ。


・・・・つづく


ーーーーーーーーーーーーーーーースタッフ I



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posted by JN01 at 13:53| 日記